ウィーンだより  vol.2


オーストリアの魅力 舞踏会


  日本ではあまりなじみがないかもしれませんが、オーストリアの魅力の一つに舞踏会があります。ウィーンでは大なり小なりの舞踏会が、年間を通じて街の至る所で開催され、中でも世界的に有名な舞踏会はオペラ座の舞踏会です。
世界中の財界、トップ芸能人などがあつまり、まるでバロック時代に迷い込んだのではと錯覚するほどです。

この非日常的な華やかさと煌きの世界は、現代ではあまり世界的にも例を見ない光景ではないかと実感しています。舞踏会の季節になると、さまざまな王宮の大ホールが舞踏会会場に変貌。リング沿いに建つネオ・ゴシック様式の市庁舎の祝祭ホール、毎年ニューイヤー・コンサートが開催されている楽友協会、ホテル・インペリアルはもちろんのこと、あらゆるホテルでの観光客を交えての舞踏会で大賑わいです。




オーストリアの子供たちは、だいたい15歳ぐらいからダンス教室に通いますから、みなさんダンスの素養が身についています。
だから、このシーズンだけは若者からお年寄りまでだれでも、シンデレラ姫のような気分になれるのです。普段着はポイと捨て、その夜は蝶ネクタイにタキシードのおめかし。女性はもちろんカラフルなイヴニングドレスで。

我が家の子供たちも、かつてはデビュタントとして出場したり、あちらこちらの会場で踊るのが例年の行事でした。
子供たちが成長した今は、お客様のエスコートとして舞踏会に出かけることが多くなりました。
薔薇やランなどで飾られた会場に集まった人々は、日ごろの生活の煩わしさからすっかり解放されます。
恋人、夫婦、友人、同業者と一晩中、朝まで踊り明かすのですが、これがウィーン子にとっての明日への大きなエネルギーなのです。


 1867年2月15日、「美しき青きドナウ」が、初めて演奏されました。ワルツの王ヨハン・シュトラウス2世が作曲し、今ではオーストリアの第2の国歌とも言われている名曲。
「ドナウよ、いとも青き川よ。谷や野を貫き、穏やかに流れて行く・・・」という歌詞はあまりにも有名です。


 当時のハプスブルグ帝国は、プロイセンに敗戦した悲惨な時代でした。
でも、そのような現実の苦労や困難には背を向け、「楽しくやろうぜ、時代なんて気にするな。
悲しんだって、どうしようもない。苦しんだって、悩んだって、何の役にも立たない。
だから、楽しく愉快に生きよう」と歌いあげたのです。

 他にも「たった一度の人生」だからこそ、「今日、この日を大切に生きなければ」という曲も。その精神は現在もなお、オーストリア人の根底に脈々と息づいています。
どうすれば、今を現在をエンジョイしながら生きることができるか。
それを達成するために、彼らは苦労を惜しむことがありません。

ウィーンならではの冬の楽しみ方、あなたもウィーンの舞踏会をぜひ体験してみませんか。


ウィーン在住 イップ常子


イップ 常子


1949年、広島市生まれ。ウィーン在住37年 広島オーストリア協会会員
1973年に勤務先の広島大学理学部を退職し、同年10月にウィーン大へ留学。
74年に結婚し3児の母に。子どもたちの成長後、主婦業からガイドへ挑戦。
2001年オーストリア公認国家ガイド資格取得。
主にオーストリア国内をはじめチェコ、ハンガリー、スロバキアなどの近隣国への日本人観光客の観光案内・通訳に従事。
2009年9月 、ウィーン市内に建立された被爆石による「平和モニュメント」
実現のため現地の窓口として尽力。