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中島尚樹作 『誘惑エレベーター』

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この扉を開けて、遥の格好・・・見てもらう?






「だめぇ・・・そんなに突いちゃ・・・。」
消え入りそうな声で遥は訴える。亮はその言葉を聞いて、意地悪く腰の動きを早めた。
「そんなに突いちゃ・・・ダメなのにぃ・・・。」
遥は尚も声を押し殺し、亮に懇願する。彼女が訴えれば訴えるほどに、亮のペニスは隆起し、凶暴性を増した。
「声だしなよ。」と耳元で亮が囁く。
「いやぁ・・・何でもするから許してください。」 
ふとももの内側を伝うほどの愛液が遥の秘部をびしょびしょにしており、腰を前後させる度にじゅぶじゅぶと湿った音がする。
「スカートにかけていい?」
「ヤダッ・・・。まだ仕事が残って・・・あぅ・・・」
言葉を遮るように、亮は遥の奥底へと突き進んだ。軽く彼女の体が浮く。
「あぁ・・・気持ち良過ぎるよぅ・・・」
いよいよ遥の上体は前のめりになり、壁を掻き毟るような姿勢になる。その体勢が亮の支配欲を更に駆り立てた。立ちバックの姿勢のまま、右手でブラウスから覗くマシュマロのような乳房を揉みしだき、遥の柔らかな唇へと左手を伸ばした。遥は、まるで産まれたばかりの赤子が母の乳首を貧るように、差し伸べられた中指と人差し指に一心腐乱にしゃぶりつく。
あれほど周囲を警戒していたにも関わらず、二本の指を口に含んだ遥は、ちゅばちゅばといやらしい音を立てた。
その時、遥は危険を察知した小動物のように身を固くする。
「はい。ええ。その際は是非・・・」
聞き慣れた嫌味な声がする。携帯電話で話しているのは、遥の愛人である川上だった。
会社の二階男子トイレにひとつしかない個室の中で、遥は壁の向こうの気配に全神経を集中させ、凍り付いていた
「この扉を開けて、遥の格好・・・見てもらう?」
耳元の囁きに、遥は涙目で首をぶるんぶるんと激しく振った。
亮は、上司の愛人を抱いている背徳感と、嫉妬に似た感情をごちゃ混ぜにしながら、ぐちゅぐちゅと腰をグラインドさせる。
「んぅぅ・・・ぅ・・・はぁ・・・」
懸命に両手で口を押さえるが、あえぎ声を我慢できなくなる。うまく身動きがとれない個室の中で、遥は精一杯、上体をひねり、亮にキスをせかんだ。亮もだらしなく開いた遥の下唇に優しく舌を這わせた。遥のぽってりぷるんとした唇は、あの日のままだった。

去年の暮れ。ただでさえ慌しい年の瀬の街は、忘年会シーズン真っ只中だった。
亮の会社も忘年会の一次会を終え、最上階に店舗をかまえる居酒屋から、大挙してエレベーターへとなだれ込んだ。「次行こ!!次!!」などと上司や同僚たちが騒いでいる。
日頃の憂さを晴らすために飲んだアルコールは、亮に心地よい浮遊感と酩酊感を与え、それら全てを幸せなBGMにしていた。
次々とエレベーターに乗り込んで行く社員たち。満員電車のようになったその密室の中から、「まだ乗れるって!」と陽気な声がする。しつこく「乗れ乗れ」叫んでいたエレベーター組が、ドアを閉める間際、それでも動かない亮に告げた。
「水嶋!彼女に変なことすんなよ!」
「彼女?」亮は焦点の定まらない視線を背後に送る。その先に立っていたのが、遥だった。亮の会社の中でも、遥はズバ抜けて美人だった。縁故採用で秘書課に配属された彼女が、川上専務の愛人になるまでに、さほど時間は掛からなかった。二人の関係を社内で知らない者は居なかったし、知らない人間が居たとしても、告白して玉砕するのがオチだった。亮は、遥を見た瞬間、心臓から伸びる全ての血管がキュッと収縮する感覚に囚われた。(先にエレベーターで降りた専務と合流して、二人で夜の街に消えるんだろう。でも、どうしてこんな美人が・・・)
学生時代に味わった越えられない大人社会の理不尽さを、亮は今更ながらに味わった。それほどに、遥は美しかったのだ。
「さっきの乗れたんじゃない?」
エレベーターの方を指差しながら、それでも目線を彼女から外さず、亮は何とか、この場を取り繕った。上司の愛人だ。慎重に。
「定員オーバーになったら恥ずかしいから」そう言いながら、遥はくったくなく笑う。人懐っこい笑顔が亮の浅はかな好奇心を咎めた。長い沈黙の後、フロアに甲高いチャイムが鳴り響き、空っぽのエレベーターが口を開いた。亮は大切な客人を招くのかのような丁寧さで、「どうぞ」と遥を促す。「どうも」とおどけながら、遥はエレベーターに歩を進めた。
たった二人のエレベーター内
「いやぁ飲んだなぁ・・・」
通過中のフロアを知らせる明かりを見上げながら、取り止めもない独り言を呟いた。
「そうだねぇ」と、遥は亮の背中に向かって溜息まじりに明るく答えた。
ポーンと軽快な音が鳴り響き、エレベーターの扉が途中の階で開いた。別の階の居酒屋で飲み終えた会社員の一団が、下品な笑い声と共に一斉に押し寄せ、二人はエレベーターの隅へと追いやられる。
亮は、粗暴な酔っ払いたちから遥を守ろうと、彼女を室内の角に置き、自らが壁となった。彼女のスペースを確保するために、彼女に背を向け、一定の距離を保った。
まるで騎士気取りだ。上司の愛人なのに。
乗り込んで来た会社員たちが、余りにも美人な遥のことを目の端に捕らえている。はしゃぎながらも、室内の全員が代わる代わる彼女を視姦する。
半ばヒロイックな感情で、自らを盾にし亮は大きく張った肩を更にしゃちこばらせた。
「水嶋君の背中って広いね。」
澄んだ遥の声が、亮の耳に微かに触れた。
「えっ?」
亮が振り返った矢先だったので、亮と遥は向き合った状態で更に密着することになった。
すぐ隣の中年男が脂ぎった視線を遥の胸元に注ぐ。それを遮るように、亮は体を入れた。160cmの長身でプロポーションが抜群の彼女だが、ヒールのせいもあって目線は亮とさほど変わらない。この至近距離で、亮は改めて遥の美しさに息を呑んだ。
お酒のせいで、頬だけでなく全身が赤らんだその肌は、キメを損なわず、はだけたブラウスの奥へと続いている。胸元から首筋にかけての美しさに、亮は目眩いすら覚えた。
ふいに遥と目線が繋がる。彼女も随分と飲んだのか、焦点が定まらないその潤んだ瞳は、それでも尚、必死に亮の目元を彷徨う。
遥のために、亮が作った小さな小さな空間には、周囲の空気とは全く異なる柔らかな時間が流れていた。
いつしか、遥の視線は亮の唇に落とされた。とろんとした目で、亮の唇を愛しいもののように眺めている。早くなる鼓動とは裏腹に、それらは全てスローモーションのようだった。遥は、じっと亮の唇を見詰めてから、ゆっくりと彼に向き直った。本当に欲しいものをねだる時の少女のような上目使い。
その時、亮の世界が音を立てて崩壊した。
不確かで崇高な存在に屈服するように、無力で穢れなき存在に傅くように、亮は遥の唇をゆっくりゆっくりと近付けた。唇と唇が触れ合うと同時だったろう。何の曲かは記憶に無いが、亮の頭の中で派手な音楽が鳴り響く。数多の禁忌を犯した諦めなのか?全てを手にしている上司を打ち負かしたファンファーレなのか?ハードなギターサウンドがスローモーションの二人を包んだ。
亮は年齢の割に経験豊富な方だ。キスをする度に、過去の女性たちは亮の唇の柔らかさを褒めた。その代わり、亮は女性の唇の固さや縦に走る皺の凹凸を感じざるを得なかったのだ。
しかし、遥は違った。ぷっくりとした唇は程好い張りがあり、その絶妙な弾力に亮は生まれて初めて『柔らかな唇』と言うものを知った。この世のもののどれとも比較できない至福の触感に、彼の力は奪われて行く。
欲望の赴くまま、亮が舌を絡めると、遥も優しくちろちろと舌で応えてくれた。
口の中にカクテルの甘い香りが広がる。不器用な舌使いで舌唇を丁寧になぞられた亮は、アルコールも手伝ってか、立っていられなくなった。
脊髄の全てがとろけ、その波が脳を痺れさせる感覚。
堕ちて行く。少しずつ。少しずつ。
「くちゅ・・・くちゅ・・・」
余りの快感に気を失いかけたその時だった。遥の膝が小さくカクッと落ち、二人の唇は引き離された。
瞬間、エレベーター内の笑い声や怒号が二人の鼓膜を叩いた。時間が一気に周囲と同化したのだ。
「水嶋君って上手なんだね。」
夢見心地で亮の瞳を見据める遥。半開きになった唇にもう一度吸い付きたいと思った刹那、エレベーターは現実へと舞い降りた。
師走の冷たく乾いた外気が熱気に包まれた室内に流れ込み、奇跡とも言える亮の時間はあっけなく終わった。
窮屈ながらも、急いで亮は遥に背を向ける。平静を装いつつ、証拠を隠滅するように彼は無意識に自身の唇を拭った。
ゾロゾロと会社員たちがエレベーターを後にする。彼らの後について、亮も現実への敷居を跨ごうとした時、ふいにコートが、クンッと引っ張られた。
そして、あの澄んだ心地よい声が耳元のすぐ後ろから響いて来た。
「まだ・・・乗ってようよ。」

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