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原爆を落とした国の現職大統領が、落とされた街の慰霊碑へ―。
71 年という年月を経て被爆地で行われた17 分間のスピーチから見えてくるものを検証。
アメリカ・オバマ大統領の広島訪問は”政治的イベント”か? それとも未来への第一歩か? を考える。

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71 年前、原爆投下を命じたトルーマン大統領は当時「広島は軍事拠点だ」と強調した。しかし、オバマ大統領のスピーチでは”普通の人々”が犠牲になったことを示した。その内容にはどんな意味があったのか? 原爆投下についての見解に変化はあるのか?

「原爆投下が戦争終結を早め、多くの命を救った…」。アメリカに根強く残る”原爆神話”。改めて当時を検証しつつ、今、アメリカでどんな変化が起きているのか?を取材した。去年、アメリカ政府はマンハッタン計画関連施設を国立歴史公園に指定した。しかし、広島原爆を製造した研究所があるニューメキシコ州ロスアラモスは、そのこと自体を”街の魅力”として発信し、観光の目玉にしている。街の”今”を取材した。

今回のオバマ大統領の広島訪問でもっとも象徴的な映像として全世界に報道されたのが、被爆者との抱擁シーンだった。この被爆者は米兵捕虜のことを調べ続けている歴史研究家の森重昭さんだった。実は当初、アメリカで存命の元米兵捕虜が大統領に同行して、広島訪問をする案があった。番組では、94歳になる元捕虜の男性を取材。どういう経緯だったのか? また、なぜ突然のキャンセルとなったのか?

オバマ訪問の2日前。日本被団協に、外務省から1本の電話が入る。「演説の場に参加してもらいたい」。突然の依頼だった。代表委員を務める岩佐幹三さんは、「大統領といえども、1人の人間。対等に話をしよう」と考えていた。しかし――ホワイトハウス高官、アメリカ側が招待しようとした元米兵捕虜、そして、演説の場に居合わせた被爆者―。オバマ演説から7ヵ月、歴史的訪問に関わった”当事者”たちの言葉から見えてくるものとは?