2025年2月12日判決の日
開廷の1時間前から法廷の前には傍聴を希望する報道関係者や警察関係者、一般の人で行列ができていた。
午後3時
いつも通り車椅子で入廷してきた被告の男、
服装は初公判の日と同じ深緑のフリースにカーキのズボン、
黒い靴下に茶色のゴムスリッパ。
通常は開廷してから証言台の前への移動となるが、
開廷前から証言台の前に車椅子ごとの移動となった。
裁判長「それでは、開廷をいたします。(名前)被告人ですね。」
被告「はい」
裁判長「被告人に対する住居侵入殺人被告事件について判決を言い渡します。」
法廷全体が静まり返った。
裁判長「主文被告人を懲役15年に処する」
判決言い渡しの瞬間に傍聴席にいた3人の遺族から、はっと息を飲む「音」が聞こえた。
遺族の女性2人が手を握り合い、片方の手ではこぼれる涙をハンカチで受け止めていた。
裁判長が判決文を読み上げる間、ずっと声を押し殺して泣いていた。
裁判長「未決勾留日数中850日をその刑に参入する。
もう一度申し上げます。被告人を懲役15年に処する。
未決拘留日数中850日をその刑に参入する。以上が主文です。」
判決言い渡しの瞬間、被告の男は微動だにしなかった。
裁判長「理由の要旨について述べておきます。
裁判所が罪となるべき事実として認定した事実は次の通りです。
被告人は、正当な理由がないのに、平成13年2月6日午前11時30分頃から同日午後0時58分頃までの間に、(被害者宅の住所)に玄関から立ち入って侵入し、(被害者)に対し殺意をもって、その腹部を果物ナイフ刃体の長さ約10センチメートルで突き刺すなどし、よってその頃同所において被害者を心臓損傷等に基づく出血により死亡させた以上の事実を当公判で取り調べた関係証拠から裁判所は認定をいたしました」
裁判長「事実認定の補足説明をしておきます」
第1 争点
裁判長「罪となるべき事実記載の住居侵入殺人が何者かにより行われたことには争いがない。
本件の争点は、住居侵入殺人を行った犯人が被告人であると合理的な疑いを差し挟む余地がなく認められるかである。
犯行後、犯行現場から発見された物等に付着していた複数の血液が被告人のものかが主な問題である。当裁判所は、犯行現場から発見された物等に付着していた複数の血液は被告人のものといえ、被告人が犯人である合理的な疑いを差し挟む余地がなく認められると判断したので、その理由を説明する。」
第2 当裁判所の判断
1犯行現場から発見された血液について、
裁判長「被害者の遺体は、被害者方階段の下から6段目に腰を下ろしている状態で発見された。
(中略)
左足ソックスの検査部位3について、平成19年にもDNA型鑑定(アイデンティファイラーキット)が実施された。その結果、str型15座位とアメロゲニン型1座位全てが被告人のDNA型と一致した。その出現頻度は約4兆7000億人に1人である。」
裁判長「さらに、DNA型鑑定の専門的知見を有する法医学者の証言によると右足ソックス片の検査部位2について、令和6年に実施されたDNA型鑑定(グローバルファイラーキット)を前提に詳細に検討すると、同部位から採取された資料には被告人と同型のDNAが含まれていると考えられる。同証言の要旨は、同部位から採取された資料は非常に劣化しているが、主たる提供者のDNAが約95パーセントを占める混合資料であり、被告人と同型のDNAが主たる提供者のものであると考えて矛盾せず、さらに尤度比を用いて検討すると、同資料に被告人と同型のDNAが含まれる場合の方が、被告人と同型のDNA型が含まれない場合より約4穣(4×100兆×100兆)倍以上、同部位から採取された資料の検査結果となりやすいというものである。
その内容は専門的知見に基づく合理的なものといえ、信用できる」
裁判長「これらの事実によると血液がいずれも被告人のものであることが強く推認され、もっとも左足ソックスの検査部位3、右足ソックス編の検査部位1ないし5について、令和2年と令和6年に実施されたDNA型鑑定(グローバルファイラーキット)では、一部の座位で被告人と同一のアリルが検出されなかったり、被告人とは異なるアリルが検出されたりしたほか、1回目と2回目の検出結果が一致しなかったりしている。しかし、前記の証言等によると、それらの結果はDNAが長期間の経過により劣化したことや被告人以外の者のDNAが微量混入していたことなどによるものと理解可能であり、前記推認と矛盾しない。以上によると血液は、いずれも被告人のものであると認められる」
2被告人の犯人性について
裁判長「これらの血液は、被害者による異常発報を受理した警備会社の通報を受けて臨場した警察官により、乾燥していない状態で発見されたことなどから、犯人が犯行時に残していったものであると認められる。そうすると、これらの血液が被告人のものであることは、被告人が犯行時に被害者方にいたことを示している。
加えて、犯行現場が被告人と面識のない被害者方であり、そこに残された足跡が1種類であったことも考慮すると、被告人が犯人であることが強く推認される。
なお、被害者のソックスから採取された資料に被告人以外のもののDNAが微量混入しているとしても、前期の足跡等といった犯行現場の痕跡に照らすと、被告人以外の第三者が犯行時に犯行現場にいたとは考え難い。
その他、犯人が持参して被害者の遺体に残していった凶器と同種の果物ナイフを含む器具数点が欠けた状態の調理器具セットが、被告人が犯行当時頃まで住んでいた居宅から令和3年に発見されたことは、被告人が犯人であることと整合している。
また、犯人の足跡は28センチメートルの運動靴によりつけられたものであるが、被告人方から令和3年に27ないし28センチメートルの靴が発見されたことは、被告人が犯人であることと矛盾しない」
裁判長「他方、被告人は被害者方に行ったことはなく、犯行があった日時には釣り場の下見に行くなどしていた旨供述する。しかし、その供述はDNA型鑑定の結果から認められる事実に明らかに反する上、極めて重要な犯行時のアリバイであるにもかかわらず、公判で初めてしたというのであり、全く信用できない。
これらによると、被告人が犯人であるという推認に反する事情は証拠上ないといえ、被告人が犯人であることに合理的な疑いを差し挟む余地はない。よって、被告人が犯人であると認められる」
第3結論
裁判長「以上により、被告人が罪となるべき事実記載の住居侵入、殺人に及んだことが認められる。以上の事実関係を前提に、平成16年法律第156号による改正前の刑法199条等の関係法令を適用して、先ほど述べた主文の通り判決を言い渡します。
なお、訴訟費用については、刑事訴訟法の規定を適用して、被告人には負担させないことといたします。」
量刑の理由
裁判長「量刑の理由について述べていきます。被告人は、面識のない被害者方に昼間玄関から侵入し、口や両手首に粘着テープを巻き、果物ナイフで被害者の腹部を心臓及び肝臓を損傷するほど深く強く突き刺して殺害しており、全く落ち度のない被害者に対する危険で残忍な犯行である。また、被告人は事前に果物ナイフや粘着テープを用意していたとはいえ、被害者方に侵入した理由は証拠上不明というほかなく、あらかじめ被害者の殺害を計画していたとまでは認められないが、果物ナイフによる深く強い刺突だけでなく、置物による被害者の頭部への攻撃も行っており、殺意は強固なものと言え、意思決定への非難は大きい。
被害者は自宅で突如被告人に襲われ、抵抗の甲斐なく、幼い二人の子供を残したままその命を奪われたのであって、その無念と衝撃の大きさは計り知れない。
実母は心情意見陳述において、被害者を失ってから24年間に及ぶ遺族らに生じた影響の大きさと悲痛な思いを述べており、それを受けて被害者参加弁護士が厳しい科刑意見を述べるのも当然と言える。
以上を踏まえ、平成16年刑法改正前の殺人罪や動機不明の殺人罪の量刑等を参照すると、本件は、死刑や無期懲役刑を選択すべき事案とまでは言えないものの、有期懲役刑の中では上限付近に位置付けるべき相当に重い事案である。その上で、被告人に有利に考慮すべき一般情状が特段見当たらないことも考慮し、主文の刑が相当と判断したまた、以上のことから先ほどの述べた主文の通り判決を言い渡します。」
最後に上訴権の告知をしておきます。この裁判に不服ある場合には、控訴をすることができます。
その場合には、明日から数えて14日以内に広島高等裁判所あての申し立て書をこの裁判所に提出してください。
それでは、以上です。閉廷いたします」
裁判長からの上訴権の告知に被告の男はわずかに首を立てに揺らしながらうなづいているように見えた。
被告弁護人は腕を組んで険しい表情で机を眺めていた。
裁判長「傍聴席の方は大変申し訳ありませんが、しばらくそのまま席にお座りいただいてお待ちいただくようにお願いいたします」
判決の言い渡しが終わるまでかかった時間、10分。
車椅子にのった被告の男が証言台を離れる際に見えた表情は口を「への字」にし、かみ締めているように見えた。
被告の男の腕が施錠され、法廷から出ていく時、被害者側の弁護人は天井をながめていた。
遺族らは法廷から出た後も、そしてエレベーターの中に消えていく最後まで
互いに肩を抱き合って泣いていた。
*傍聴した記者の取材に基づいています。