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第40話 「二人乗りバランスボール」

「伝説の人事面接官」と呼ばれる人に出会ったことがある。
彼は、日本を代表するような大企業の人事コンサルティングを勤め、一方で、就職活動をする大学生にアドバイスを送っている、言わば、人事・採用のスペシャリストである。
そんな彼は、人事的な面接において、たった一つの質問しかしない。
その質問は、実にシンプルであるが、かなり難しい。

「あなたが大切にしてきたものは何ですか?」

小学生にでも理解できるこの簡単な質問から、「答え」を導くことで、その人が持っている論理性、思考力、経験値、協調性、説得力などなど、様々なパーソナル情報が得られるというのだ。
確かに、自分が「大切にしてきたもの」というだけあって、そこには、長い「時間」が流れ、無限の「理由」が存在し、こだわりの「哲学」も育まれる。
だからこそ、このシンプル・クエスチョンから、その人の「人格」を充分に理解することができるのだ。

「僕が大切にしてきたものは何ですか?」

僕には、大切にしてきたもの、そして、大切にしているものが、「二つ」ある。
それらは、相反する「考え方」であり、対極に位置する「アイデア」と言ってもいい。

一つは、「人のせいにしないこと。」
一つは、「相手の立場になって考えること」

この二つの考え方に、僕は、幾度となく、救われてきた。
「人のせいにしないこと」を自分自身の行動指針にすることで、どんな小さな事象においても、「責任」をもって行動することができるようになり、仕事や活動が「主体的」で楽しくなった。
「相手の立場になって考えること」を自分自身の行動理念にすることで、どんな些細な出会いにおいても、「興味」をもって思考することができるようになり、出会いや言動が「積極的」で嬉しくなった。
つまり、主体的で積極的になった僕は、「生きる喜び」を手にすることができたのだ。

しかしながら、この二つの考え方に、僕は、幾度となく、悩まされもしてきた。
「人のせいにしないこと」を自分自身の行動指針にすることで、「責任」を持ち過ぎるがあまり、誰も頼らないで生きていかなければならないという「孤独感」に襲われるようになった。 「相手の立場になって考えること」を自分自身の行動理念にすることで、相手に「興味」を持ち過ぎるがあまり、相手の好意的な反応を期待し続けてしまうという「嫉妬心」に苛まれるようになった。
つまり、孤独感と嫉妬心に支配された僕は、「生きる不安」に侵されてしまったのだ。

「喜び」と「不安」

この二つの感情は、今でも、時に静かに、時に激しく、僕の心の中に同居している。
言わば、バランスボールに乗って、フラフラと体を左右に動かしながら、その支えとなる中心を探しているようなものだ。

ある哲学者は言いました。
「自制というバランスの中で人は生きている。」、と。

「喜び」と「不安」。「真実」と「嘘」。「生」と「死」。「過去」と「未来」。

もしかしたら、とある地点で、絶対にぶれることのない「新機軸」を発見していたのかもしれないのに、「自制」できない僕たちは、フラフラしながら、この間を、いまだに行ったり来たりしている。
もしかしたら、とある場所で、絶対に揺らぐことのない「世界の中心」に出会っていたのかもしれないのに、「自制」できない僕たちは、ドキドキしながら、これらの間を、いまだに行ったり来たりしている。

「僕」と「君」。

今日も僕は、「君」との間を、フラフラしながら、ドキドキしながら、行ったり来たりしている。
明日も僕は、「君」との間を、フラフラしながら、ドキドキしながら、行ったり来たりするだろう。

「僕たちが大切にしてきたものは何ですか?」

一人称で考えている限り、この答えは出ないのかもしれない。
しかし、二人称で考えてこそ、相手が存在するからこそ、そこに「自制された二人の世界」が生まれるのではないだろうか。

バランスボールは難しい。
二人乗りバランスボールは、もっと難しい。

それでも、僕は、二人乗りバランスボールを君と一緒に乗りたいと思っている。
なぜなら、「喜び」も「不安」も僕たちの人生を彩るものであり、静止せず、常に動いていることは、生きている「証し」でもあるのだから。


こんな答えで、僕は、君に「採用」されるのだろうか?
合格発表を、バランスボールに乗りながら待ってみよう・・・

  • 11月11日生まれ
  • A型 さそり座
  • ICU 教養学部 数学専攻卒
  • 銀行員からTV業界へ転身した異色ディレクター
  • 好きな食べ物 すき焼・チョコレート・メロン
  • 好きな言葉 「移動距離とアイデアの数は比例する」
  • 将来の夢は直木賞作家
  • 現在、花嫁募集中

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