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Home > ESSAY > 第10話 「僕と彼女の物語 ~後編~」
8月14日、早朝。
夏なのに肌寒い海風に吹かれながら、「僕」はフィッシャーマンズ・ワーフにいた。冷えた身体にはクラムチャウダーが良いとアメリカのお母さんなら言うだろ うが、僕は暖かいスープは「彼女」と飲むと決めている。スープの冷めない距離感こそが僕と彼女の関係だからだ。すると、そんなくだらない僕の思想の中に、 ハイテンションな土産屋のおじさんが土足で入ってくる。
「バルーンマン、彼女は見つかったのかい?」
僕は黙って首を横に振る。彼女を探すのは、クラムチャウダーの中からアサリを見つけ出すほど難しくはないのに。土産屋のおじさんも天を仰ぎ「物語」の続き を聞こうとしなかった。しばらくすると、ぞろぞろと観光客が集まり、いつもの活気あるフィッシャーマンズ・ワーフになってきた。「そろそろ最終待ち合わせ 場所のセント・フランシスへ行こうかな。」と、真夏の日光浴を楽しむアザラシを見ながらそう思った時、僕の耳に遠くからピンヒールの渇いた音が届いた。
コッ。コッ。コッ。
真っ赤なフェラガモのパンプスと漆黒のプラダのワンピース。二日前、僕がセント・フランシスのフロントに預けていた衣装を身にまとった一人の女性が僕のも とへ向かって歩いてくる。僕の網膜に飛び込んできた「その女性」の姿は、僕の記憶の中の「ある女性」と完全に一致した。そして、シュー・ウエムラの176 番のレッドが塗られた「彼女」の唇が動く。
「見つけた!」
僕はボロボロになったパトリックの青のスニーカーで彼女のもとへ全力で駆け寄る。優しい眼差しを送る土産屋のおじさん。物語の結末を信じていた人々が拍手 を送る。そして、サンフランシスコの大空へと解き放たれた虹色のバルーン。僕は彼女をギュッと抱きしめた。この奇蹟のような偶然を確かめるように、きつ く。それはそれは、ギュッと...。そして10年後も、二人がきっと幸せであることを祈りながら...
ポツ。ポツ。ポツ。
広島は今日も雨。
道端では、黒髪の子供たちが色とりどりの傘を差して嬉々として水溜りで飛び跳ねる。
僕は勉強熱心な彼女が今どこで何をしているのか知らない。
彼女も好奇心旺盛な僕が今どこで何をしているのか知らない。
パンパンに張り詰めた七色の風船も、いつかはしぼんで小さくなってしまうのだ。
10年前を一昔とするならば、この一昔で僕は何も変わってないのかもしれない。
悠久の光を輝かす、紅の運命。
点滅を気ままに繰り返す、橙の偶然。
天に昇る透き通った、藍の奇蹟
僕は彼女に「卒業」の意味を教えてもらった。
それは、「過去はモノクロではない」ということ。
だからこそ今でも僕は、物語に彩りを与えてくれる運命や偶然、そして奇蹟を信じている。
雨もいつか上がり、ふと見上げると、そこには虹が輝くように。
さぁ、まだ見ぬ透明の彼女を探す旅に出よう。
物語は続いている。
僕と彼女の物語。舞台は地球。タイム・リミットは命尽きるまで。