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Home > ESSAY > 第12話 「記録された初体験 ~後編~」
1890年に開業した日本を代表するホテル。その名は、帝国ホテル。このグランドフロアの奥に、僕たちの「初体験」の舞台となるトイレがひっそりと佇んでいる。僕たち3人は、それぞれのビデオカメラに高鳴る気持ちをリポートする。
「帝国ホテルに潜入しました!」
「ドキドキしてきましたね!!」
「早速、ウォシュレットを探したいと思います!!!」
赤く火照った表情と熱っぽい実況リポートを、冷静に記録するビデオカメラ。微妙な手振れがリアルな臨場感を伝える。僕たちはドアマンの会釈に答え、ベル ボーイの問い掛けを無視し、コンシェルジュの目線を避けた。もし、この日本一のホテルを支える日本一のホテルマンたちが僕たちの計画を知っていたら、どん な日本一のサービスをしてくれていたのだろう。
ギ、ギーッ。
歴史の扉がゆっくりと開くと、その向こうに荘厳に輝くトイレが3つ並んでいた。もちろん、すべてウォシュレット付き。3人兄弟の次男として育った僕は、迷 うことなく真ん中を選んだ。いよいよ、決戦の時。はきなれたジーンズと新調したパンツを脱ぎ去り、腹式呼吸で集中を整えていく。そして、軽いノックを2回 だけ打ち、スタンバイ・オーケーの合図を送る。カメラモニターの赤い録画マークの点滅に合わせてカウントダウン。3、2、1。僕は、スイッチを押した。
一輪の菊が夏の夕立に、揺れる。
これが、恍惚? ねぇ、谷崎潤一郎先生?
僕はこの世界の中で「王様」である。その証拠に目をつむれば、この世界は暗闇になるからだ。
そして、その恍惚の暗闇の中で、規則的に繰り返す赤い点滅があれば、その王様は暴君にはならない。
なぜなら、自意識と客観性の間で揺れ動き、曖昧になりが ち「初体験」という「記憶」を、光の下で「記録」するからだ。「思い出」という記憶の中だけで生きること、それは裸の王様に過ぎないのだ。
とある日の夜明け。
僕は仕事の山を越え、十数年振りに「初体験~ウォシュレットと僕」を見た。
あの時の興奮が蘇る。
そして、立て続けに僕は「初体験シリーズ第2巻」を手に取った。
そのタイトルは、「初体験~猫とハチミツと僕」。
この物語は、子供が寝静まった頃にお話しましょう。