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Home > ESSAY > 第20話 「神様、お願い・・・ ~前編~」
1ドル紙幣。
表には、初代大統領ジョージ・ワシントンの肖像がその威厳を放ち、裏にはフリーメイソンの象徴とされる「プロビデンスの目」が不気味に描かれている。
日本では使うことのできないこのアメリカ紙幣が1枚だけ、8年もの間、僕の財布には入ったままになっている。
8年前。
僕はアメリカ東部の学術都市、フィラデルフィアにいた。
「ユーペン」の愛称で親しまれるペンシルバニア大学ウォートン校で金融工学を学ぶために2ヶ月間のサマーコースに入ったのだ。
おしゃれな短期留学といえば聞こえがいいが、この教室は「知識欲」と「出世欲」に溢れた若者が、アメリカン・ドリームを求め、世界中から集まって来ている。
彼ら彼女らが目指す未来は、W・Jを脇に挟み、ベーグル食べながら、ウォール・ストリートを闊歩すること。
良い成績をとれば、新卒1年目から100万ドルプレイヤーとなることは夢でないのだ。
僕の目指す未来も、F・Tを丸め、ピンクのシャツにサスペンダーを身にまとい、シティを闊歩すること。
しかし、この世界最難関の授業の進度は恐ろしく速く、僕の脳は常にブドウ糖が足りない状態になっていた。
「君の成績はCマイナス。なぜなら、ファイナンスの哲学がわかっていないからだ。」
教授のこの一言で僕のサマーコースは終わった。
ため息を一つこぼし、僕は教室を出て、インターンシップの行き先を聞きに学生課へと足を向けた。
ビジネス系のサマーコースには、通常、2週間のインターンシップが組み込まれている。
教室で学んだ「仮説」を、現場に出て「実証」していくのだ。
しかし、僕の「証券会社で働きたい」という希望は通ることなく、「法律事務所へ行くように」、と、ちょっと太った大学職員に告げられた。
経済を学びたいのに、なぜ法律なのか?
ちょっとだけ、神様を恨みつつ、僕はレンガ造りの古いビルの4階へと進んだ。
伝統を感じるその看板には、「フランクリン法律事務所」とだけ書かれてある。
僕は、意を決して扉をノックすると、奥から図太い声が聞こえてきた。
「入れ。頭の悪い日本人。」
人種差別なのか?通過儀礼なのか?どちらにせよ僕の気持ちは一気にブルーになった。
しかし、僕は、この小さな法律事務所で、一生忘れることの出来ない「1ドル紙幣」と出会うことになる。
そして、僕は「神様」を信じることができなくなった...