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Home > ESSAY > 第21話 「神様、お願い・・・ ~中編~」
「神様は存在するのだろうか?」
哲学者ならずとも、誰しもが一度は考えるそんな問いに、僕はもう興味なんて無い。
なぜなら、今、とっても忙しいからだ。
朝からひっきりなしに電話のベルが、小さな法律事務所にこだましている。
そんな喧騒の中、ドーナツとエスプレッソを楽しむボス。
そして、ため息を一つ吐き出して、電話に出る僕。
このインターンシップで僕に与えたれた仕事は、電話を取り、依頼内容をまとめること。
アメリカは訴訟社会であることは知っていたが、鳴り止まない電話の音に、その現状を知る。
交通事故の示談、離婚の調停、不倫、いじめ、遺産相続。
多種多様の民事的な訴えが、受話器の向こうから、リスニング・テープの如く流れる。
僕は、機械的に依頼書を作成し、そしてまた、電話に出る。
「ハロー」
人生の痛みを訴える電話の始まりでも、英語ではこの挨拶なのだ。
そして、何の学術的成果も確認できないまま、インターンシップも終わりに近づいたあの日。
僕は一本の電話を取った。
受話器の向こうには、若い女性が弱々しい声を発している。
「うちの息子が訴えたいと言っているのですが...」
依頼内容をなかなか話さないその女性は、ただ息子にあってくれと言うだけで、電話を切った。
ボスにそのことを報告すると、彼は顔を引き締め、僕を指定された場所へと連れて行った。
「頭の悪い日本人。アメリカをみせてやろう」
このインターンシップにおいて初めての外出。
しかも、「現場に急行だ!」ってことで、僕のテンションも一気に上がる。
向かった先は、セントラル・ホスピタルの無菌室。
僕たちは、感染しないようにと、マスクと白衣の装着を義務付けられた。
医療訴訟もアメリカ社会の縮図である。
貧しい者が搾取され、金持ち以外に最高の医療の受けることは決してない。
無菌室特有のにおいを嗅ぎながら、透明のビニール・シートを潜ると、そこには、電話の声の印象そのままの若い女性と、フィラデルフィア・フィリーズの帽子をかぶった少年がベッドに横たわっていた。
ここが病院でなければ、仲の良い親子団欒の構図だ。
しかし、少年の腕には無数のチューブが巻きついており、母の瞳にはここでは流せない涙がいっぱいだった。
僕は、ボスの横に申し訳なく立っている。
少年がボスに一瞥をくれたあと、じっと僕を睨みこういった。
「神様を訴えて欲しい。僕を病気にした彼を!」
ゆっくりと突き出された右手には、くしゃくしゃになった1ドル札が握られていた。